1話「罠」


 皐月はこのあたりでは知らない者がいないくらいの有名人であった。
 共学校としてのレベルは中の中……しかし近所には不良男子校やら不穏な高校が密集していて喧嘩が絶えない地域にあった為その中では優秀な高校であった。
 そして彼女は外見には似合わず落ちこぼれる事も無くいた、そして自分の高校の生徒が他校の生徒に絡まれる度に木刀を片手に出向いて行っては我流の剣技をふるい窮地を救ったりしていたので、他校の不良達にも一目置かれるようになっていた……

 そして今日も普通の登校時間……
「おはよー」
「おっす」
 いつものように彼女相手に気さくに声をかけていく生徒達、そしてそれに答える皐月……いつもの風景であった。
「おはよう、皐月君……昨日も喧嘩したんだって?」
 背後から彼女の心臓の鼓動を跳ね上げる声が聞こえる。
「く、く、工藤……お、お、おはよう……」
「君も女の子なんだから、顔に怪我とかしたら危ないし、やめたほうがいいよ」
 やさしげにそう言って来る彼は工藤純……今の所はクラスメイトそして皐月の想い人……彼女を唯一女の子扱いする男である。
「うっさいな、あたいより強い男なんていやしないし……工藤だってあたいと剣道やって一回だって勝った事無いじゃないか」
 そして、普通に喋ろうとすると上手く喋れないのに喧嘩腰だと流暢に言葉が紡ぎ出されていくのだ……
(ああああああ……なんだって、あたいってやつは……)
 と言うことになるのだが、工藤の方は気にした様子も無く。
「ああ皐月君が、負ける所は想像出来ないな……でも万が一に傷でも出来たらさ、困るだろ?」
「万が一も憶が一もない、あたいは負けない!」
 と意地を張って胸をそらしていると工藤は先を歩いて行ってしまう。
「でも気を付けるんだよ」
 やさしい台詞を残して……それを見送る時皐月の表情は完全な恋する乙女であった……
「くぅ……いつかあたいだって……告白したいな……ひゃあ」
 突然スカートを引っ張る気配がして振り向いて今の自分の言葉を弁解なんかしてみる。
「べべべべべべべべべ別に工藤に気がある訳じゃぁって誰?」
 そこには小学生くらいの男の子が一人立っていて皐月のスカートの裾を引っ張っていた……
「何かな? ぼうや……」
 やさしい顔でそう聞くと、少年は手にした箱を渡して
「お姉ちゃんに届けるようにって」
 不思議なものを見るように箱を受け取るとドラマでやるように耳をあてて
「時限爆弾じゃ無いっとってかるいわね?」
 開けてみると一枚のパンティーと紙切れ……
(お前の学校の生徒を一人あずかっている神社裏までそこのガキと一緒に来い、来ない時はそのパンツの持ち主がどうなるかは想像にまかせるが)
「卑劣な……」
 怒りの形相で駆け出そうとすると再び少年がスカートの裾を押さえている。
「なに? 危険だからここにいていいのよ……」
 困った様子の少年は
「妹が……恐いお兄さん達に捕まってるんだ……だから一緒に行かないと妹が……」
「まったく卑劣な……よし、行こうあたいが君の妹さんも助けてあげるわ!」
 そうして駆け出していった。

 神社裏は朝だというのに薄暗くて到着した時には人の気配も無かった……
「どこにいるの出て来なさい!」
 叫んでみても出て来る気配は無く、鬱蒼とした林がねっとりと湿気を降らせていた。
「ここにいるって言ってたんでしょ?」
 こくりと少年は頷き何かに怯えるように身を縮めた。
「まったく……どこにいるの!」
 再び前方を探しに一歩踏み出した瞬間……バチッ



「あぁ……」
 全身に一瞬、何が起きたか解らないような衝撃が走った……
「なんで? 君……」
「馬鹿じゃ無いのあんなの信じるなんて……」
 少年の手にはスタンガンが握られていた……
「君みたいな馬鹿騙し易くて困っちゃうよ」
 その瞬間を待っていたように不良達が顔を出して
「よくやったぜ、正史!ガキとは思えない太々しさだな」
「別に、約束どおり僕にもこの玩具使わせてくれるんだろ、処女とかに興味は無いから終ってからでもイいけどね」
「もちろんだぜ、正史……今やお前はオレの参謀だからな、お前が欲しがればいつでも遊ばしてやる」
 その言葉に気をよくしたのか正史は皐月に手を振ると。
「ばいばい、せいぜい気持ちよくしてもらいなよ、またね……」
 去っていく正史を見送り、不良達は皐月を見下ろして
「そう、気持ちよくしてやるぜ、今まで散々馬鹿にしてくれたお礼にな」
 悲しそうに林の木々達が葉を鳴らしていた……